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©mutsumi tsuda

「FEU NOS PERES ニューカレドニアの日系人」展の日本開催にむけて

 

最初の展覧会は、2006年8月、ニューカレドニアの首都ヌメアで開催されました。会場となったチバウ文化センターは、カナック族の歴史文化を紹介するとともに、太平洋州の文化交流の拠点となるように、フランス政府が建てた8ヘクタールにおよぶ複合文化施設です。建築家レンゾ・ピアノの最高傑作と言われる建物が、珊瑚礁に囲まれた自然に見事に調和しています。
本展はチバウ文化センター開館以来最高の動員数となりました。ニューカレドニアという島が、宗主国フランスの流刑地、先住民族カナックの歴史だけではなく、鉱山労働者としてやってきた他国民族の移民史によって成り立っていることを誰もが知っているにもかかわらず、それが具体的に紹介されることはありませんでした。今回の展覧会は、チバウ文化センターが初めて他国民族である日本人移民史をとりあげた、たいへん意義あるものだったのです。
その後、ニューカレドニアの地方3都市での展覧会も無事終了しました。

2007年2月からは日本で、会場の規模やタイプ、また土地柄にあわせてアレンジしなおした展覧会が、横浜、福岡、鶴岡、京都、広島、沖縄の六ヶ所で開催されます。
展示内容は、津田睦美の写真作品、ビデオ作品とともに、日系二世が所有する父親との想い出を語る写真や遺品、当時の公的文書を交え、視覚的アプローチによる日系移民史を、次の4つのパートで構成しています。
1. ニューカレドニアへの旅立ち
2. ニューカレドニアにおける生活
3. 真珠湾攻撃からオーストラリア強制収容所まで
4. 今日の日系人

JICA横浜 海外移住資料館での展覧会には、ニューカレドニアから日系のみなさんがたくさん来日する予定です。混血の日系二世が初めて訪れる父の故郷、日本は、彼らを紹介する展覧会をどのように受けとめられるのでしょうか。

日本の移民史において、ニューカレドニア移民は、ほとんど知られていません。人口20万人の美しい珊瑚礁の島に100年以上前に日本人が渡り、その子孫が今や8000人はいるというのです。
フランス語のタイトル「FEU NOS PERES(フー・ノー・ペール)」は、「私たちの亡き父」という意味です。太平洋戦争の勃発で、敵国人として強制送還された日本人の父親と引き離された混血の子供たち(日系二世)が今も抱く亡き父親への追慕をとおして、戦争によって失われた楽園の物語を少しでも知っていただければうれしく思います。

 

「ニューカレドニアの日系人」展実行委員会代表、展覧会コミッショナー 津田睦美